峠の風景

善知鳥峠(長野県塩尻市内)

善に知るに鳥と書いて「うとう」という。
実際に善知鳥と書いて「うとう」という名の鳥がいる。聖人君子のような字を当てられた鳥である。けれども謡曲『善知鳥』に出てくるこの鳥は、文字の裏返しで、際限なく人間の業を暴き出す陰鬱な鳥として演じられる。
善知鳥を「善きことを知る鳥」と訓ませて、善きことを知る者は同時に悪き(あしき)ことも知ると謡曲『善知鳥』の説話を解釈するのも愉しいが、漢文の文法に従うと「善きことを知る鳥」と訓ませるには「知善鳥」となっていなければならない。どのような意味があって、「うとう」という言葉に善知鳥の漢字が当てられたのだろうか。

長野県塩尻市に善知鳥峠はある。善知鳥という好字に引かれる峠だが、その一方で謡曲の印象からは木々がうっそうと茂る陰湿な空気も感じさせる地名である。想像をかき立てられる。
だが、実際の善知鳥峠はあっけなく通り過ぎてしまうような緩やかな峠だった。古くから諏訪盆地と伊那・飯田盆地とを結ぶ飯田街道が通じ、現在往来は国道153号となって峠を通り過ぎている。

善知峠はなだらかながら、標高は889mある。この峠を境にして、天竜川と千曲川、つまり太平洋側と日本海側の水系が分かれる中央分水嶺を成している。
峠には「水のわかれ」の石碑と、地図で中央分水嶺を示したモニュメントがある、小さな公園が作られている。


日本中心の碑(辰野町)

善知鳥峠を辰野町に抜け、逆に戻るように山に登ると「日本中心の碑」がある。石碑には東経137°59′36″北緯36°00′47″標高1277mと刻まれているが、何をもってしてここを「日本中心」と名乗るのか、その説明はない。
この石碑の由来は、この手のモニュメントに興味を持つ地理マニアの間でもわかっていない。ここはひとつ大胆に推測してみると、おそらく次の考えが当たっているのではないかと思える。

  1. 長野県は昔から日本の中心と見なされていて、例えば上田市には日本中央・生島足島神社がある。科学的な根拠はなくても、長野県が日本の中心にある県という言い方にはそれなりに肯けるものがある(群馬県渋川市なんかは反対しそうだが)。
  2. その日本の中心にある長野県を貫いている切りの良い経緯度線は、東経138°北緯37°であり、それとなく長野県の中心地らしい(実際の長野県の中心にあたる県の重心は、国土地理院が東経138°02′38″北緯36°07′48″と計算していて、日本中心の碑からは約13キロメートル北東方向に位置する。13キロメートル離れていては近似値とは言えないだろう)。
  3. そこで、日本の中心にある県である長野県の中心軸とも言える東経138°北緯37°の地点を顕彰しようとした。
  4. ところが用地やアクセスの関係からやむを得ず近似の東経137°59′36″北緯36°00′47″に石碑を建てたのではないだろうか。ちなみに、東経138°北緯37°の地点を基準にしても1500メートルずれている。
根拠が回りくどくあいまいで、しかもずれているという、なんともしようのない推論だが、そうとでもこじつけないとこの日本中心の碑の位置を説明できないのである。

ちなみに日本中心地を名乗る群馬県渋川市が[全国へそのまち協議会]という団体を主宰しているが、これに日本中心の碑がある辰野町は参加していない。やる気のない辰野町である。
代わりに長野県からは松本市が「本州の中心にある長野県。その真ん中に位置するまち松本市」という名目で参加している。それも「本州の中心にある長野県。その真ん中に位置するまち松本市」という理論(あえてこのフレーズを繰り返すが)で同市の浅間温泉には「本州中央の地」という標柱がある。
日本中心の碑もおそらく似たような、長野県内でこじつけて定義した中心地を日本の中心とうそぶいているだけなのだろう。
誰が言い出したのかは知らないが、こうして訪れて真面目に(?)論じている人間も、どっちもどっちだなぁ。


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