五島・福江島の捕鯨遺跡(カグラサン)


三井楽柏崎のカグラサン

江戸時代に、鯨の解体に用いられていたろくろ(轆轤)場の跡が、地元で「カグラサン」と呼ばれて、残されている。
長さ13m、海側の幅9m(陸側の幅7m)の半円形に、黒い玄武岩溶岩が組まれている。これが台座で、この上にろくろ(轆轤)が 据えられていた。

カグラサンとは神楽桟と書き、鯨を解体する現場が神楽を舞うときのようなてんてこ舞いの様子から 呼ばれるようになったという説がある。

現地の看板には『鯨絵巻・上』(国文学研究資料館所蔵)の絵図が写し描かれていて、往時の様子を知ることができる。 かつては9基のカグラサンがあった。
これらのカグラサンからは縄が伸び、鯨を浜に引き揚げたり、解体の際に皮を剥ぐのに使われていた 様子が見える。

カグラサン:五島市三井楽(福江島)
カグラサン:五島市三井楽(福江島)
『鯨絵巻・上』。現地の看板を撮影。
2010.11.23福江島取材

和田浦の捕鯨

鯨の解体作業は、現在では動力は当然のことながら近代化されているが、作業そのものが大きく変わったわけではない。
現在、日本でも数少ない捕鯨が行なわれている千葉県南房総市の和田浦では、ろくろに替わって電動ウィンチが用いられている。 三井楽のカグラサン遺跡と『鯨絵巻』の鯨解体の場面絵図を見た後で、和田浦の鯨の解体現場を思い出してみると、両者の光景が あまりにも似ていることに驚かされる。

和田浦の鯨の解体では、ウィンチは主に2つの場面で用いられている。
一つは、重い鯨自体を海から浜(解体場)に引き揚げる作業である。
もうひとつは、皮を剥いだり、大きな肉片を切り離すときに、ワイヤーをかけてウィンチで引っ張るのである。
特に後者の作業は、ワイヤーをかけて皮を引っ張りながら、皮と肉の間に刃を入れて皮を剥いでいくもので、 現代の和田浦で行なわれている作業と、江戸時代に記録された画を比べても、両者の光景はそっくりである。

和田浦では、ウィンチを操作するのはこの地で捕鯨を組織している外房捕鯨の社長またはそれに準じる人である。 いわば、現場全体を見渡して作業を進めることのできる人、刃を当てて解体する職人と息を合わせることのできる人である。
このことから、江戸時代に福江で行なわれていた鯨の解体を司っていた組織体系も類推できるのではないだろうか。

こうやって剥がされた皮は、その分厚い皮下脂肪といっしょに塩漬けにされる。 夏場の栄養源として東北から北陸にかけて好んで食される。

[和田浦での鯨解体(2008.7.27)の様子]

千葉県和田浦の捕鯨・ツチクジラの解体
千葉県和田浦の捕鯨・ツチクジラの解体
千葉県南房総市和田浦での鯨(ツチクジラ)の解体風景
写真左の男性が手を挙げ、合図を送っている。ウィンチを操作している黄色いシャツの人は、外房捕鯨の社長である。
千葉県和田浦の捕鯨・ツチクジラの解体
ウィンチで引っ張りながら、皮と肉の間に刃を当てて皮を剥いでいく。
2008.7.27取材

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