五島・福江島の捕鯨遺跡(カグラサン) | |
三井楽柏崎のカグラサン | |
江戸時代に、鯨の解体に用いられていたろくろ(轆轤)場の跡が、地元で「カグラサン」と呼ばれて、残されている。
カグラサンとは神楽桟と書き、鯨を解体する現場が神楽を舞うときのようなてんてこ舞いの様子から 呼ばれるようになったという説がある。 現地の看板には『鯨絵巻・上』(国文学研究資料館所蔵)の絵図が写し描かれていて、往時の様子を知ることができる。
かつては9基のカグラサンがあった。
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『鯨絵巻・上』。現地の看板を撮影。 2010.11.23福江島取材 |
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和田浦の捕鯨 | |
鯨の解体作業は、現在では動力は当然のことながら近代化されているが、作業そのものが大きく変わったわけではない。
和田浦の鯨の解体では、ウィンチは主に2つの場面で用いられている。
和田浦では、ウィンチを操作するのはこの地で捕鯨を組織している外房捕鯨の社長またはそれに準じる人である。
いわば、現場全体を見渡して作業を進めることのできる人、刃を当てて解体する職人と息を合わせることのできる人である。
こうやって剥がされた皮は、その分厚い皮下脂肪といっしょに塩漬けにされる。 夏場の栄養源として東北から北陸にかけて好んで食される。 |
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千葉県南房総市和田浦での鯨(ツチクジラ)の解体風景 写真左の男性が手を挙げ、合図を送っている。ウィンチを操作している黄色いシャツの人は、外房捕鯨の社長である。 |
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ウィンチで引っ張りながら、皮と肉の間に刃を当てて皮を剥いでいく。 2008.7.27取材 |
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