コロニアル・ジャージー:パースアンボイ


パースアンボイのマリーナから眺めた外郭橋(Outer Bridge)。右がニューヨーク市スタテン島。
ニュージャージーに住むアメリカ人でも、地図を眺めて外郭橋のニュージャージー側のたもとがパースアンボイだということを知って、「ああ、あのあたりか」と思い当たるような、その程度にしかパースアンボイは知られていない。スタテン島へ渡るための通過地点で、そのスタテン島にしても、さらにヴェラザノ・ナロウズ橋を渡ってブルックリンや、J.F.ケネディ空港へ行くための通過地点である。

ニュージャージー州の地図でパースアンボイの位置を確かめてみた。

ニュージャージー州は南北に細長く、真ん中でくびれていると言うか、北半分は西側に南半分は東側にそれぞれずれているような形をしている。北半分が西にずれている分だけ、スタテン島がニュージャージー州の肩に乗っかるようにある。スタテン島はニューヨーク市に属している。そうして、スタテン島とニュージャージー州の肩に挟まれて外に向かって開いているラッパ状の湾が出来上がる。この湾はラリタン湾と名付けられ、大西洋(正確に言うとロウワー・ニューヨーク湾)から直接入ることが出来る。

さて、パースアンボイだが、ニュージャージー州がずれてくびれになっている部分、体のたとえで言えば肩と首の付け根、海から見ると外洋に開けたラリタン湾の奥に位置している。これに付け加えるなら、ラリタン湾は行き止まりではなく、ラリタン川という河川航行に使える程度の大きな川が流れ込んでいる。要するに、ニュージャージー州の要の位置、水上交通の至極便利な場所に、町が出来た。それがパースアンボイである。

あらためてパースアンボイの地理的な有利さに感心する。特に大西洋に向かって口を開けているラリタン湾は、ヨーロッパからはるばるやってくる船を迎え入れる玄関口のような趣を醸している。今日ではマンハッタンがアメリカの経済の中心となっているが、地図を眺めていると、スタテン島とブルックリンに挟まれたヴェラザノ水道(Verazano Narrows)を遡った、えらく奥まった場所にあるという印象を受ける。
実際には、この外洋にむけて口を開けていることが徒になり、ラリタン湾は干潮の差が激しい。ラリタン川が運んだ土砂が堆積して湾内に水深の浅い場所を作っているのも、大型船にとってはやっかいなことである。ハドソン河という大陸屈指の河川が豊富な水量を持って洗い流しているマンハッタンが、港湾の機能を考えた場合に圧倒的に有利になる。マンハッタン島が要塞として、西洋人の開拓の拠点になったという歴史的な背景もある。

かくして都市の発展からは取り残されてしまって、いまのパース・アンボイは、ニューヨーク市とは比べるべくもない、人口47,000人のニュージャージーの田舎町にすぎない。だが、その分、かつて栄えた歴史が残る落ち着いた港町になっている。ウオーターフロントで地元の人と話し込むことがあったが、「この国の歴史は200年、でもこの町の歴史は300年」と語っていた。町に対する誇りが感じられた。


3連アーチのパース・アンボイ駅

今回もニュージャージー・トランジット(NJT)を使ってのお出掛けとなり、町歩きも駅から始まる。

パース・アンボイはNJTの北ジャージー海岸線(North Jersey Shore Line)が通っていて、ニューヨーク市マンハッタンのペン・ステイションから電車が直通している。50分ほどで到着する。日中は1時間に1本程度の運行間隔である。
パース・アンボイ駅は掘り割りになっていて、上り線(Inbound)と下り線(Outbound)が分かれている。マンハッタンから来たときの下り線側はダウンタウンや、歴史的な建造物のある方向とは逆になるので、跨線橋を渡って上り線側に向かう。駅舎の連絡通路は2002年の夏いっぱいは補修工事で閉鎖されているので、駅の前後にある道路の橋を渡ることになる。

上り線側に駅があるので、駅舎もこちら側が本屋(ほんおく)である。1928年建築の駅舎は、ルネサンス復古調様式の典型的な建築として、1984年にニュージャージー州および全国の史跡登録(the State and National Register of Historic Place)されている。3連のアーチが印象的だが、それ以外に、スペイン風タイル(=瓦)で葺かれた屋根、白いテラコッタで縁取りされた赤煉瓦が特徴になっている。アーチの内側には花柄のタイルが埋め込まれている。日本で言えば、宮崎とか鹿児島とかの陽気を思い起こさせるようなスタイルである。
残念ながら訪問時には補修工事中の期間にあたってしまって、内装を見学することができなかった。

(このページ続く。以下、写真を先に載せておきました)

駅前の様子。パースアンボイ駅はダウンタウンに位置している。
ハーバー・サイド。1993年から94年にかけて公園として整備され、パースアンボイを取り巻くようにラリタン川の河口からスタテン島との水道にかけて散策できるようになっている。
ハーバー・サイドの遊歩道をしばらく歩いていくと、次第に土地が盛り上がって海を望む丘になっている。The Bluff(崖の意味の言葉が固有名詞になったもの)と呼ばれる。
海から見ると小高い丘の上に家が建ち並んでいるというのがパースアンボイの原風景だったらしい(右:遊歩道に設置してある案内)。今でも当時の面影をしのばせている(左)。
マリーナ
コンドミニアム。海沿いはマリーン・レジャーの拠点としてちょっとハイソな雰囲気
コンドミニアムその2
海軍の施設だった建物。現在はレストランになっている。
このマリーナ周辺には、レストランや、アンティークショップ(訪れたときは閉まっていた。もともと"OPEN: By Chance or Appointment"(不定期開店。もしくは予約のこと)ということで、Collectible(収集家向けグッズ=お菓子のおまけなど)を扱っていたりするので、個人の趣味が高じてお店を持っているのかもしれない)があったりして、それなりにマリーン・リゾートの雰囲気を醸し出している。
と言っても、このページに載せているので全てかもしれない(笑)
釣り船、遊覧クルーズや、チャーターなどのサービスもある。
かつてスタテン島へ通じていたフェリー乗り場。今は、クルーズ会社の案内所になっている。人がいることで建物が保存されている。対岸がスタテン島。
坂を下っていくと正面に海が見えるというロケーションは、私の好きな景色である。
かつてイギリス植民地だったアメリカ東部13州のなかで、唯一現存する植民地総督(Royal Governer)官邸。煉瓦をイギリスから運んだそうだ。
裏側に回ってみる。
後にホテルとして使われた時代に南棟(右奥の引っ込んでいる部分の建物)が付け加えられた。驚くことにこの建物は現在もオフィスとして使われている。階段がついているのはオフィスの入り口である。
官邸前の通りの住宅の様子
ダウンタウンで見かけた、細いビル
ダウンタウンの様子

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