ニューヨーク市の街路

フラットアイアン・ビル

町中の道路には、人や物を運ぶという道路本来の機能の他に、道路と敷き方によって町の様相を決定付けるというこれまた重要な役割がある。町割りとは町をどのような区画に仕切るかということであり、換言すれば街路をどのようにめぐらすかと言うことである。古今東西都市計画とは街路の編纂を意味し、近代的な都市計画でも主要な要素をなしている。
そういう事情から、都市の街路についても取り上げてみようと思う。

ニューヨーク市マンハッタンのミッドタウンからアッパータウンにかけては、直線の街路が東西南北に配置された碁盤目状に区切られている。1811年から行なわれたいわゆる「ニューヨーク計画」による町割である。南北の街路をアヴェニュー(番街)東西の街路をストリート(丁目)と呼び、いくつか例外はあるが番号で呼ばれている。ただ、この区割りを単調と思ったのが、北西から南東へ斜めに横切る道路がそのまま残された。これがブロードウェイである。碁盤目状の区画に斜めに道が走るので、その交点には細切れになった三角形の区画が出来る。三角形の端地なので大きな建物を建てるわけにはいかず、公園となったり、道路と道路に挟まれた安全地帯みたいなものになっている。スクエアと言いならわした。スクエアとは四角形の意味だが、ここでは広場ぐらいの意味だろう。これによって、マンハッタンの町割りに変化が生まれた。やがてニューヨーク市が発展してビルが建て込みはじめると、このちょっとした広場が人々の息抜き地点としての役割を果たすようになった。スクエアがどれだけ人々の地理認識に強く印象に残ったかは、それぞれの交点には、タイムズ・スクエア、ヘラルド・スクエア、マジソン・スクエア、ユニオン・スクエアと愛称がつけられていることからもわかる。このあたり京都の碁盤の目も普段は交差する街路名を組み合わせて呼ばれているのが、場所によっては百万遍とか大将軍とかそういう固有の名前がついていることと似ていておもしろい。ただ、京都の場合は道自体が広場とならずに、寺社の境内がそれに代わった。

このようにスクエアの三角地は空き地として残され、空き地が故に都市の中で注目される場所となったが、そういう三角地に勇ましくもビルが建てられた場所がある。それがここで紹介するフラットアイアン・ビルである。「勇ましくも」と書いたのは、二等辺三角形というアンバランスなビルを建てるということが技術的にも景観的にも冒険のように思えるからであり、その冒険に成功したことで、フラット・アイアン・ビルは建築史、都市計画史に名前を残した。「コテ型のビル」という見た目そのままが愛称になったことが、かつてはその冒険の危なっかしさを指摘し、今日ではその成功を讃えている。
この冒険を成し遂げたのは、ダニエル・バーナム (Daniel Burnham (1846-1912))である。彼はシカゴのホワイト・シティで知られている。

フラットアイアン・ビルFlatiron Buildingを「平べったい鉄」ビルと訳して、その平べったさを強調している人が多く、確かに外観を見てもその平べったさが印象に残るが、細切れの土地にビルを建てるのは密集し地価の高いマンハッタンではごく普通に見かけられることであり、フラットアイアン・ビルがことさら平べったいということではない。むしろ、二等辺三角形という「アンバランス」な形、あるいは、その鋭角の頂点が醸し出す鋭利な感覚が人々の心に残ったのであり、その形から「三角形のコテ型のビル」という意味に訳したい。

フラットアイアン・ビルの特徴は、平べったいことではなく、二等辺三角形というアンバランスな形にあると書いた。そして頂点の鋭利な様相についても触れた。
そういう問題意識でこのビルを眺めるならば、この近景が一番ふさわしい。
フラットアイアン・ビルの頂点(もっとも狭くなっているところ)で幅が2メートルあるという。いくら鋭角でも建物として、点にすることはできなかったのだ。点にしてもいいが、底辺が2メートルの角では使いづらい無駄なスペースが出来るだけである。
さて、この2メートルの幅を遠くから見ると近似的に点に見える。だが近くから眺めればビルとして幅が感じられる。幅が感じられる分だけ、二等辺三角形は手前に延長され、ちょうど観察者のいる場所に焦点を結ぶ。パースペクティブの焦点にいることが、鋭角の切り裂く感じを強くする。そして、一本の補助線が5番街を南に下り、もう一本の補助線がブロードウェイを走る。一番迫力が感じられる眺めである。

もうひとつ近景が好きな点は、スカイラインである。フラットアイアン・ビルはなるほどスクエアに出来た二等辺三角形の形を生かしているが、高さ90メートルという1902年の完成当時に世界最高を誇ったこのビルは他のビルより頭がひとつもふたつも突き出ている。
それから、南側の22丁目に面しているビルが、どういうわけか幅が広くてフラットアイアン・ビルが作り出す幾何学の線を妨害している。遠くから眺めるとそれがうるさく感じられる。これは交差点を渡ったこの位置からの眺めでも完全に消し去ることが出来ないが、

二等辺三角形の底辺(南側)を眺める。

マジソン・スクエアから北側を眺める。左斜めの道がブロードウェイで、右の道が5番街である。ここは26丁目までの三角形の部分は空き地になっていて、開けた感じになっている。これが「普通の」スクエアの景観である。

背後に見える尖塔を持った高いビルは、エンパイア・ステイト・ビルである。

余談になるが、『地球の歩き方』ニューヨーク編1998-99年度版のp.115に載っているフラットアイアン・ビルの写真は左右逆に焼き付けてある。最新号は未確認。


[アメリカ調査旅行の目次に戻る]

お問い合わせ(メール):TTS
スパム対策のため最後にアンダーバー"_"が余計に付いています。
お手数ですが、jpの後の"_"を削除して送信ください。

(C) TTS 2002, All rights reserved