大夕張の三弦橋はいつ、どのようにしてダム湖に沈むのか

現在の水没状況(夕張シューパロダム総合建設事業所の夕張シューパロダム・試験湛水状況)

はじめに

大夕張ダム(北海道夕張市)の貯水能力を拡充するために、同ダムのすぐ下流に夕張シューパロダムの建設が進んでいる。夕張シューパロダムが完成すれば、現在よりも貯水位が30m上がることになり、貯水量は5倍に増える。日本で第4位の貯水量を誇るダムに、一挙にスケールアップする。

ところが、夕張シューパロダムによって、貴重な土木建造物が水の底に沈む。三弦橋(三弦トラス橋、正式な橋名は「大夕張森林鉄道夕張岳線1号橋梁」)である。弦が3辺しかないという特殊な形状のトラス橋で、その「一本足りない」形が醸し出す軽妙さもさることながら、長さ381.80m、7つの径間を持つ長大橋がダム湖を渡る姿は、一変して、ダイナミックな印象を与える。橋のたもとから覗き込んだときの三角形がどこまでも連続する光景は、まるで万華鏡の世界に引き込まれたかのようで、いつまで眺めていても飽きることがない。非常に魅力的な橋と言わざるを得ない。

三弦橋が新しいダム湖に沈むことは悲しい。移設が出来ず、沈むしかない運命にあるのであれば、せめて最期は見届けたい。しかし、具体的に、いつ沈むのか、どのように沈むのか、という情報はほとんどない。

それならば自分で考えるしかない。

このページは、今の時点で、私が集められる範囲での情報を元に、大夕張の三弦橋がいつ、どのようにしてダム湖に沈むのか、考察したものである。考察の元になる基礎データが欠けていることもあれば、推論の手法が間違っていることも予想される。逐次内容は更新していきたいが、誤りがあればご指摘願いたい。

連続する三角に思わず引き込まれそうになる。大夕張三弦橋

大夕張三弦橋

ダムのことについて 〜 予備知識として

貯水位運用

ダム(ダム湖)には普段水が溜まっています。でも、その水の量=貯水位は常に同じではありません。日照続きのような極端な天候状況によって貯水位が減り、ダム湖の底が見えたりすると、特異な状態としてテレビで報じられたりしますが、それ以外の時でもダム湖の貯水位は上下しています。

雨が降らないとダム湖の貯水位が下がり、逆に雨が降るとダム湖の貯水位が上がるという単純な上下ではなく、ダムの機能を発揮するための最適な状態になるようにダム湖の貯水位は操作されています。この意図を持ってダム湖の貯水位を上下させることを「貯水位運用」と言います。

例えば、大雨が降るとダムに水が溜まります。水が溜まってしまって満杯になってしまうと、これ以上水を溜めることができなくなってしまいます。洪水対策のダムの場合、梅雨でこれから雨が降ろうという時に、あるいは、台風シーズンでどんどん雨が降るとわかっている時に、ダム湖が満杯で降水を溜めることができなければ、洪水を防ぐという役割を果たすことができません。そのため、梅雨の前、台風の前には放流して、意図的に貯水位を低くしておきます。貯水位が低く「空き」があれば、大雨が降ってもそれを貯水することができ、洪水対策としての機能を果たすことできます。雨期の前は貯水位が低く、逆に、雨期の後は結果として貯水位が高くなっている。これが貯水位運用です。

もう一つ例を挙げると、灌漑(農業用水の供給)を目的としたダムの場合、春から夏にかけての時期には農作物を育てるために多量の水が求められます。その時に、あらかじめ水が溜まっていないと役に立ちません。なので、灌漑用のダムの場合は、冬季から春先にかけて水を溜めます。雪が降る地方では春になって融雪の水が出ます。これを溜めて、灌漑に回します。灌漑による水供給が終わった結果として、晩夏には貯水位が減っています。これも貯水位運用です。

ダム(ダム湖)の水は貯水位が上下する。その上下は、季節に対応する形で、操作、運用されている。まず、このことを覚えてください。

試験湛水

もう一つ、予め知っておいて欲しいのは「試験湛水」という言葉です。

ダム(提体)が完成(竣工)した後は、水を溜め始め、本格稼働となれば前述の季節変動をともなった貯水位運用に入るのですが、その前に、試用期間、言い換えるとダムの性能試験を行なう期間があります。ダムの完成後、性能試験として水を溜めることを試験湛水と言います。

試験湛水では、いったん水をダムから溢れんばかりのところまで溜めます。その後、今度はダムとしての(取水の)機能を維持できる最低水位まで下げます。水を溜めることの出来る上限と下限を試してみて、それで問題なければ、本格稼働というわけです。


現在の大夕張ダムの貯水位運用

大夕張の三弦橋がいつ、どのようにしてダム湖に沈むのか、それを知るためには、夕張シューパロダムの試験湛水のスケジュールがどのようになっているかを知る必要がある。
ただし、今回はその前に、現在の大夕張ダムの貯水位運用がどのようになっているかを知っておきたい。なぜなら、夕張シューパロダムは大夕張ダムを引き継いで貯水するわけで、試験湛水も、大夕張ダムの貯水位運用の延長線上にあると考えると、理解しやすいからだ。

現在の大夕張ダムにおける貯水位運用(季節変動)は次の通りである。

  • 春先の融雪による出水を溜めて貯水位が上がる=5月がピーク

  • 灌漑用水(農業用水の供給)により貯水位が下がる=8月末から9月初めが底

    4月21日から8月31日を灌漑期として位置付けていて、もともと農林水産省所管のダムとして農業用水の供給を主目的としている大夕張ダムにとっては、その給水機能を発揮すべき重要な時期に当たる

  • 秋雨や台風による降雨を溜める=12月ピーク

  • 冬季減水(雪として降るため水の流入が減る)=3月が底

今年(2013年)は大夕張ダムがその機能を果たす最後の年になるが、8月31日をもってダムの管理所は閉鎖になり、実質的な機能を終える。これも、8月31日までが灌漑用ダムとして機能を充分果たすべき「灌漑期」に当たっていることがわかっていると、頷ける日程である。

大夕張ダムの貯水位運用、個人的には経験的になんとなく察していたものの、今回改めて資料と付き合わせることで、体系的に整理することが出来た。

写真右は2009年5月17日に撮影した三弦橋の写真。橋桁まであとわずかという地点まで水が迫っている。

5月の大夕張ダムの貯水位

写真右は2012年8月31日に撮影した三弦橋の写真。
大夕張ダムは8月31日までが灌漑期で、水を溜めることよりも、水を農地に供給する(放流する)方を優先させる。その結果として、貯水位は 大きく低下する。

8月の大夕張ダムの貯水位

大夕張ダムが溢流する時

本題の三弦橋の水没の話をする前に、大夕張ダム自身の水没の話もしておこうと思う。

新しく作られる夕張シューパロダムは、現在の大夕張ダムよりも約30m高く水を溜めることができる(大夕張ダムの満水位標高264.5m、夕張シューパロダムの通常時最高水位297.0m)。つまり、夕張シューパロダムいっぱいに水が溜まったとしたら、大夕張ダムは水面下30mに沈むということである。

大夕張ダムが沈むとき、普段のダムでは見ることの出来ない「溢流」という光景を見ることが出来ると、ダムマニアは注目している。溢流とはダムの提体を乗り越えて水が溢(あふ)れ出ること。通常、現役のダムで、このようなことがあったら大変だ。ダムの本分である水を溜めるという機能が全て失われて、水が溢れ出てしまうのだが、下流は洪水になってしまう。
だが、今回は、大夕張ダムの下流に夕張シューパロダムという大きなダムが待ち構えている。大夕張ダムがいくら溢流しようとも、下流にはまったく問題は生じない。ダムがダムに水没する際のスペクタクルである。

大夕張ダムの溢流は、今年(2013年)の晩秋〜試験湛水開始前の2014年2月頃の間に見ることが出来ると予想している。これは、同ダムの貯水位運用では例年12月には260m超まで水位を上げるのだが、今年はそれを溢流提高である256mで止める計画になっているためである。ゲート撤去工事の進捗にもよるが、ダムを乗り越えて水が溢れ、堤体を白く水のカーテンが流れ落ちる光景を見ることが出来るだろう。


大夕張の三弦橋はいつ、どのようにしてダム湖に沈むのか

夕張シューパロダムの試験湛水

大夕張の三弦橋がダム湖に沈むタイミングを知るために、まずは三弦橋の標高を知っておきたい。 夕張シューパロダム総合建設事業所が公表した数字によると、三弦橋(底辺)の標高を268.3m、(上弦)の標高を276.4mである。
夕張シューパロダムの試験湛水が始まり、ダム湖の貯水位が標高を268.3mを超えて上昇してくると三弦橋は沈み始め、 標高276.4mに達すると三弦橋は完全に水没してしまうことになる。

夕張シューパロダムの試験湛水で貯水位が標高276.4mになる日を正確に言い当てることなど出来はしないが、試験湛水の貯水位予定曲線(北海道開発局「第一回夕張シューパロダム・モニタリング部会」資料)から推測すると、2014年の4月から5月頃、ちょうど融雪による水が大量にダム湖に流れ込んでいる時期だと思われる。

さて、試験湛水によって三弦橋が水没してしまった。「もう、さようならだね」と思ってしまうのはまだ早い。試験湛水では、一度貯水位をサーチャージ(洪水時最高水位)まで上げた後に、今度はいったん水位を最低水位の標高259.6mまで下げる。つまり、この時、三弦橋は再び水面に姿を現してくれる…はずだ(一度水没しても現状の姿を保つことができたとするならば)。先ほどの水没のときとは順序が逆で、標高276.4mまで貯水位が下がったときに三弦橋の「てっぺん」が水面に顔を出し、さらに268.3mまで下がったときには三弦橋(鋼製部)全体が水面に出る。
この時期は、2014年12月中下旬から2015年4月頃と推定される。
蛇足ながら、貯水位が264.5mを下回ると今度は大夕張ダムが水面に顔を出す。

夕張シューパロダムの貯水位運用

夕張シューパロダムが竣工して、試験湛水を終え、特に問題がなければ(提体に何の異常もなく、さらにダム湖岸に地滑りなどの異常がなければ)2015年5月には常時満水位(標高297m)に達して、そのまま8月末までの灌漑期に入る。
この灌漑期が終わる8月末の予定貯水位は、268.3m以下まで下がることが見込まれている。なんと!通常の貯水運用でも、三弦橋が姿を見せる可能性があるのだ。三弦橋のてっぺん(標高276.4m)だけでも見えている期間を予定貯水位曲線から読み取ると、7月から10月にかけて水面から顔を出すことが見込める。
逆に、現在の大夕張ダムの貯水位運用で水位を下げる冬季は、夕張シューパロダムでも貯水位を下げるものの276.4mまで下がるか下がらないか微妙なところである。湖面が氷結したり、雪が積もることを考えると、冬季は見ることができないと考えてよさそうである(冬季のダム湖結氷による三弦橋への影響(氷塊の衝突や、氷に閉じ込められたままの水位の変動の影響)については、別途考察したい)。

夕張シューパロダム試験湛水貯水位運用計画(第一回夕張シューパロダムモニタリング部会資料)

夕張シューパロダム試験湛水貯水位運用計画(北海道開発局「第一回夕張シューパロダム・モニタリング部会」資料より)

年月 顕潜 確率 ダム 事象
2013年8月
大夕張ダム 灌漑期終了をもってダム機能を終了。
2013年9月
大夕張ダム 以後、夕張シューパロダムへの移行期に入る。
2013年10月
大夕張ダム
2013年11月
大夕張ダム
2013年12月 (推定) 大夕張ダム この頃までにゲート撤去か(?)
2014年1月
大夕張ダム 貯水位を標高255mに維持。
2014年2月
大夕張ダム
2014年3月
夕張シューパロダム 試験湛水開始
2014年4月
夕張シューパロダム
2014年5月 (推定) 夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位が標高268.3mに到達。三弦橋が沈み始める。

(推定) 夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位が標高276.4mに到達。三弦橋が完全に沈む。
2014年6月

夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位が常時満水位(標高297m)に到達
2014年7月

夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位を常時満水位(標高297m)で維持
2014年8月

夕張シューパロダム
2014年9月

夕張シューパロダム
2014年10月

夕張シューパロダム
2014年11月

夕張シューパロダム
2014年12月

夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位がサーチャージ水位(標高301.5m)に到達。溢流が見られる


夕張シューパロダム 試験湛水、以後貯水位を低下に転じる。
(推定) 夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位が標高276.4mまで低下。三弦橋が現われ始める。
2015年1月 (推定) 夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位が標高268.3mまで低下。三弦橋が完全に姿を現わす。
2015年2月 (推定) 夕張シューパロダム 試験湛水、貯水位が最低水位(標高259.6m)まで低下
2015年3月 (推定) 夕張シューパロダム 貯水位運用を開始。貯水位が最低水位から上昇を始める。
2015年4月 (推定) 夕張シューパロダム 貯水位が標高268.3mに到達。三弦橋が沈み始める。

(推定) 夕張シューパロダム 貯水位が標高276.4mに到達。三弦橋が完全に沈む。
2015年5月

夕張シューパロダム 貯水位が常時満水位(標高297m)に到達


夕張シューパロダム 灌漑期に入る。貯水位が低下し始める。
2015年6月

夕張シューパロダム
2015年7月 (推定) 夕張シューパロダム 貯水位が標高276.4mまで低下。三弦橋が現われ始める。
(推定) 夕張シューパロダム 貯水位が標高268.3mまで低下。三弦橋が完全に姿を現わす。
2015年8月 (推定) 夕張シューパロダム 灌漑期が終了。貯水位が上がり始める。
2015年9月 (推定) 夕張シューパロダム
2015年10月 (推定) 夕張シューパロダム 貯水位が標高268.3mに到達。三弦橋が沈み始める。

(推定) 夕張シューパロダム 貯水位が標高276.4mに到達。三弦橋が完全に沈む。
2015年11月

夕張シューパロダム
2015年12月

夕張シューパロダム 貯水位が常時満水位(標高297m)に到達。以後、冬季減水期に入る。

※顕潜の記号の意味:○=全体を見ることが出来る。△一部分のみ水面上に見ることが出来る。無印=完全に水没。
※水没時に浮力などの影響を受けず、現状のまま存置し続けると仮定した場合。また、冬季の結氷による橋へのダメージも無視している。


「大夕張三弦橋」のページ

戻る

【更新履歴】
2014.03.12 地形図から等高線の読み取りや過去に撮影した写真をもとに、従来、三弦橋(底辺)の標高を270m、(上弦)の標高を278m と推計していたが、夕張シューパロダム総合建設事業所が公表した数字を元に三弦橋(底辺)の標高を268.3m、(上弦)の標高を276.4mに修正。 従来推計していた標高より1.7m程低いため、予想よりも早く三弦橋の水没する可能性がある。夕張シューパロダム総合建設事業所の夕張シューパロダム・試験湛水状況のページにリンクを設定。
2013.08.06 過去に撮影した写真をもとに三弦橋(底辺)の標高を270mに修正
2013.08.02 時系列に事象を並べた表を追加
2013.07.26 初版公開

Copyright (C) 2013-2014 TTS All Rights Reserved.