ジョン万次郎のフェアヘヴンを後にして今日の宿と決めたメーン州のフリーポートを目指す。ボストンを環状になっているI-95で抜け、そのまま同じI-95で北上する予定だ。
閉め忘れたガスキャップ
ボストンの2重の環状線のうち内側にあたるI-95に入った途端に、車が流れなくなってしまった。どうしたのだろうか。まだ帰宅渋滞には早い時間である。片側4車線の道路が車で埋まっていてのろのろ進むと、やがて反対車線で事故があったことがわかった。それも車が黒焦げになっている。こちら車線の渋滞の原因はこの事故の見物渋滞だったらしく、その地点を過ぎると流れ出した。
燃料タンクに火が入ったのだなぁと思う。
‥‥
と、重大なことに気が付いた。燃料タンク。そうだ、午前中に給油したときにタンクの蓋をした記憶がない。閉め忘れている。いちおうシャッターが閉まるようにはなっているが、蓋がないままで大丈夫だろうか?今日は日差しも強くて暑かった。ガソリンが揮発して、走っているときに火花でも拾ったとしたら‥‥。先程見た黒焦げの車が炎上している場面が思い浮かばれる。「日本人旅行者、アメリカで炎上事故死。原因はガスタンクの蓋の閉め忘れ」という新聞記事まで想像できる。当人には重大な事態であるが、まぬけな理由である。
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これがガスキャップ
(新しく買ったやつ)
こんなふうに無造作に置い
ておくと忘れるので要注意
(苦笑) |
そう、ニュージャージーではセルフでの給油は認められておらず、自分でガソリンを給油するという経験はこれまでなかった。実は、今日入れたのが初めてである。ニュージャージーに住んでいるアメリカ人の知り合いは、外の州へ行っても店員が給油してくれるフル・サービスのガススタンドを選んで入っていたが、そういうことであったか。やっぱり慣れないことはするものではない。
まだ旅行の日程は残っている。このまま走っていても事態は解決しないので、近くの町に入って部品屋を探すことにする。天気はしだいに悪くなり、雨まで降り出した。最悪だ。
後で知ったのだが、インターステイツを出たのはボストン郊外のニュートン・ハイランズNewton Highlandsという町であったらしい。自動車部品屋を探すが、日本にあるような「黄色い帽子」が目印とか「自動車援護隊」を名乗るようなチェーン店はもとより見つからない。しばらく行くとAAAがあったので、そこに立ち寄って聞いてみることにした。
「ガスタンクのキャップをなくしてしまって、そういう自動車パーツを売っている店があれば教えてくれませんか?」と聞くが、相手は鳩が豆を喰らったような顔をしている。AAAと言えば、地図をもらいに行くところであり、せいぜい自動車保険も扱っているところである、ということぐらいはこちらでも分かってはいる。豆を喰らった係員が他の係員も巻き込んで鳩首会議をしているが、結論は「車のメーカーに問い合わせるのがいい。おたくの車のメーカーはこの町にはないが、ボストンは広いからどこかにあるだろう」ということだった。
仕方なく、中古屋、整備屋みたいなところも含めて探す。何件目かに立ち寄った整備屋で、部品を扱っている店を教えてもらう。助かった。ところが、こういう精神的に余裕のないときは、観察力とかコミュニケーション能力とかすべての能力が衰えるもので、目的の店がなかなか見あたらない。角を曲がり間違えたか、目印の銀行を見落としたか、そもそも聞き違えたか、なかなか見つからない。同行者CHGとのやりとりも険悪になってくる。
とにかく「銀行の横を曲がる」という言葉を手がかりにそれらしき銀行を見つけ、そばに、整備工場があった!これだ!と思ったが、そこは違っていて、銀行の脇の道を曲がったところに部品屋があると教えてもらった。ようやくパーツ屋にたどり着いた。
「ガスタンクのキャップa cap of gastankをなくしてしまって‥‥」「それはガスキャップa gascapのことかい?」
これだけのやりとりで、ガスキャップという単語がすらっと出てきた。彼らはプロフェッショナルだ。メーカー、年式を聞かれるが、レンタカーなので詳しく分からない。そこに停めてあるからと言って外に出て見てもらうと、一目ですべてを言い当てた。やはりプロフェッショナルであった。幸いに当該部品の在庫があった。はめてみるとぴったりと閉まった。そのときは$50払っても惜しくはない気分だったが、$7.65で済んだ。請求された分だけきっかり支払う。時に16:42。思い出深いその時の納品書は大切に保管してあるので、分単位まで記すことができる。
その自動車部品屋は、ボストン近郊のトラム(市内電車)のニュートン・ハイランズの古い駅舎を再利用しているらしかった。後ろが掘り割りになっていて、電車が走っている。ときどき、降りた客が掘り割りから階段を上って部品屋の脇から出てくる。雨はこころもち弱くなっていた。
I-95に戻るが、今度は帰宅ラッシュの時間帯にぶつかってしまった。片側4車線の道をのろのろと走る。このままI-95を行けば環状部が終わってそのままメーンに向かって北上するのだが、あきらめ、途中でI-93と出会った所で北上し、外側の環状線のI-495を経由して、再度I-95に戻ることにする。ここまで来たらI-95の環状部に8割方は付き合っていたことになるから、ルート変更でどれくらい時間の節約になったかわからない。とにかくI-93以降は流れる。
日が暮れだして雨も降る中、I-95をひたすら北上する。ときどき激しく雨が降る。
I-95をそのまま走るとニューハンプシャー・ターンパイクという有料道路になった。このあたりはニューハンプシャー州が少しだけ海岸線を持っていて、横切る格好になる。日露戦争終結の際のポーツマス条約に名前を採られているポーツマスはこのあたりかと、地図を思い出す。メーン州に入ると今度はメーン・ターンパイクという有料道路があり、またお金を取られた。
土地勘がないのでどこにモーテルがあるのかよく分からない。ハイウェイのExit毎にあるべき案内が見あたらない。下手に降りてみると3分もあればダウンタウンを通りすぎてしまうような、小さな町だった。とりあえず最終目的地のフリーポートまで行ってみることにした。
フリーポートは想像していた以上に買い物の町だった。Exitを出ると、全国的なチェーン店からローカルなものまで5、6軒のモーテルが固まっていた。買い物客がそれだけ来ると言うことだ。これだけあると逆に迷ってしまうが、今日はいろいろあって疲れてしまったので、寝るところは無難に、全国チェーンの宿に入る。夜の9時近くになっていた。
泊るところも決まったことだし、食事がまだなのでフリーポートのダウンタウンまで一度出てみる。小さな落ち着いた雰囲気の町だが、そこに立ち並んでいる1軒1軒がすべて有名ブランドのアウトレット・ショップなのである。だいたいは通り一本で買い物が済みそうだ。L.L.Beanのアウトレットがメイン・ストリートを曲がったところにあった。明日はここで買い物をするので、土地勘を養っておく。
だが、食事できそうなところはない。昼間は全米からの買い物客でにぎわうのだろうが、夜はメーンの田舎町の装いである。早々にシャッターを下ろしてしまうのだろう。このあたりのギャップがまた面白い。面白がってばかりいても仕方ないので、ハイウェイを30分飛ばして近くにある「大都市」ポートランドまで行くことにする。来た道を戻る格好になる。
ポートランドの町も夜も10時を過ぎてひっそりとしている。ようやく見つけたサブウェイで、サブをテイクアウト(いわゆる"to go")する。また30分かけて宿に戻り、ようやく落ち着ける。ロブスター・ロールだったか、シーフード・ミックスだったか、よく覚えていないが、普段住んでいるニュージャージーでは見かけないレシピを頼んだ。メーンに来た雰囲気を味わって、満足した。
明日は、買い物三昧、そしてロブスターを食べてやる。ドライブは一段落だ。