ロブスターとアウトレットで日が暮れて

6月12日(3日目)その2
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ニューイングランドの町は、こぢんまりとしていて、ちょっとお洒落な建物があって、落ち着いた町並みが残っているというイメージがある。アメリカ人の中にもやはりそういうイメージがあるらしい。もともとそういう風情の田舎町へ行くと、決まって1軒か2軒のアンティークショップがあってこれまたお洒落でキッチュな品物を並べていたりしたが、近年そうしたイメージを利用して、アパレルや装飾品などのアウトレット・ショップが盛んに進出するようになった。
手元にヴァモント州のマンチェスターという町の観光協会からパンフレットが送られてきたが、そのキャッチコピーは"Fifth Avenue in the Mountain(山の中の五番街)"である。パンフレット表の写真にはジョージ・アルマーニ、コーチ、DKNY、ポロといったブランド品のタッグが散りばめられている。五番街とは言うまでもなくニューヨーク市マンハッタンの五番街のことで、そのたとえ通りに、小さな町のメイン・ストリートにはブランド品を扱うブティックがずらっと並んでいる。大きなショッピングモールが進出してその中に専門店が入居するのではなくて、それぞれの店がその巨大なブランド力には似合わないようなニューイングランドの田舎町を装ったお洒落でかわいらしい店舗を出すのである。いわば、アウトレット・ショップだけの小さな町である。

今日一日お買い物を楽しもうというフリーポートは、そうしたアウトレット・タウンのさきがけとも言える。そして他のアウトレット・タウンにはないユニークな歴史を持っている。
フリーポートを一躍有名にしたのは、アウトドア用品のL.L.Beanである。L.L.Beanは、1911年Leon Leonwood Bean(創業者の名前がそのまま会社の名前になっている)が、ぬかるみや沢を歩いても水が浸透してこないように革製のブーツの底をゴムでコーティングしたいわゆる"Maine Hunting Shoe"を作り出したことに始まる。そして、日本でも知られているカタログ販売、気に入らなければいつでも返品可能という販売ポリシー、そしてその製品の品質の高さによって、急速に支持を集めた。1917年には工房としていたベースメントから移り、ここフリーポートのメイン・ストリートに店を構えた。これがL.L.Beanの本店になっていて、同社のタッグを見るとちゃんと"Freeport, Maine"と書いてある。
1951年には、本店を365日24時間営業にしている。フリーポートはメーン州の南部にあって同州の玄関口とも言え、ボストンやニューヨークからメーン州各地へアウトドアへ向かう途中に立ち寄るのに便利な場所にある。それに、釣りやハンティングというのは獲物の魚や動物の活動時間にあわせてどうしても朝早くから出掛けることになるので、24時間営業しているのは便利である。
1962年には、安息令(Blue Law=日曜日の娯楽や商業活動を禁止する法律)が出されて −このあたりがピューリタンの伝統の残るニューイングランドらしいが− L.L.Beanも2週に渡って日曜日に休業した。これに対して、フリーポートの町が日曜日の営業を認める決議を行なって、元通りの年中365日24時間営業に戻っている。この頃には、既にL.L.Beanがフリーポートの町に経済的な大きな役割を果たしていたことが伺えるエピソードである。こうしてL.L.Beanの小売店が好評を博すにしたがって多くの人がフリーポートに立ち寄るようになり、やがては各種のアウトレット・ショップが集まる「お買い物の町」になっていったのである。
そう言えば、Freeport 自由交易港という町の名前も、なるほど「お買い物の町」に似つかわしい。

左:フリーポートのメイン・ストリート。右:裏の駐車場から見た店舗。フリーポートはこぢんまりとした町なので端から端まで歩きながらアウトレットを回るのがいい。でも、そこは車社会のアメリカのこと、店の裏には広い駐車場が用意してある。ロブスターを食べ終わってお昼過ぎにフリーポートに戻ってみると、駐車場が車でいっぱいで、空きスペースを捜すのに少し苦労した。夕方には一斉に帰る車で混雑する。

メイン・ストリートと、L.L.Beanの本店の前で分かれてL.L.Beanのアウトレット・ショップ(本店ではなくてわけアリ品を扱う店)へ向かう通りの、T字の区域で全てが揃う。店を梯子しながら端から端まで歩いてもたかが知れているので、買い物をするには便利。ニューヨーク市のマンハッタンで何ブロックも歩いて、地下鉄を乗り継いで店を回るよりは、よっぽど楽である。
ただ、一流店がひととおり揃っていながら、ボストンから2時間かかることもあってか日本人の姿はまったく見かけなかった(ボストンからのお買い物ツアーはあるようだが)。


さて、ロブスターを平らげて満足し、買い物でトランクをいっぱいにして、フリーポートを去る。
明日の予定はニュー・ハンプシャー州のホワイト・マウンテン地方なので、できるだけその近くに行くことにする。メーン州の道路網は北東から南西にI-95が貫いている他は見るべきものがない。フリーポートから、メーン州の交通軸とは直角にME-26に従って北西方向に向かうので、田舎道を延々と走ることになる。森の中を走るのだが、高低差が激しく、坂を登ったり下ったりまるでローラーコースターのようである。時々森が途切れて、牧草地や畑が広がるようになると、集落が近づいた証拠だ。制限速度が急に30マイルになる。

次第に日が傾き始める。薄暗くなってくる中、いち早く暗く沈んでしまっている森の中を走るのはいくら同行者がいるとはいえ心細いものだ。青木ヶ原樹海の比ではない。途中家が数件表われてその中心に、ポンプと、雑貨を売るグロッサリー・ストアと、ちょっと傾いたバーの3点セットを見つけるとほっとする。
そこで思い出したのが、日本へ帰国する際の航空機のリコンファームである。実は朝にモーテルの電話からコールしてみたのだが、「通常の時間内におかけください」というメッセージが流れるだけで全然通じなかった。アメリカの場合はテレフォンセンターがどこにあるかはわからないから、もしかしたらカリフォルニアあたりにセンターがあったとすれば東部時間より3時間遅れになる。朝一で9時に電話をしたとしても、向こうはまだ朝の6時だ。そういうことも考えて、昼間にも一度電話を試みたのだが通じなかった。「通常の営業時間(regular business hour)って何時なんだよ?!」と、もしかしたらこの会社の「通常」というのはお昼の1時からというのもあり得るなと、あり得ないような可能性も考えてしまうのはアメリカ暮らしの悪い癖である(でも、実際にあり得るからアメリカは怖い)。いくらなんでもこの時間ならつながるだろうと、夜の7時も超えた頃にメーン州の心細くなるくらい寂しい田舎の、壊れかけのような公衆電話から、電話してみる。1-800ナンバーである。すると、電話がつながった。自動応対で日本語も選択できるというのでそのナンバーを押して、チケットを持っている同行者CHGに電話を代わる。無事リコンファーム出来たようで、席も希望通りに取れているようだ。
そこで「場所どこ?」とふたりでずっと謎だった疑問を聞いてもらうように促すと、そこは同行者CHGも気になっていたようで最後に聞いてくれた。
なんと、テレフォンセンターはハワイにあった。日本の旅行会社で手配した航空券なので先方が気を利かせて日本語サービス(正確には英語以外の多数言語対応)の電話番号を教えてくれたらしく、しかも日本語のオペレータはなかなかいないらしく、業務が始まるのがまさに午後1時からということだった。ハワイで午後1時だったら、東部時間の午後6時からでないと受け付けてもらえない。日中いくら電話をかけても、これではつながらない。ハワイとは予想外だった。アメリカで一番東のメーン州から、大陸を横断して、太平洋を横断して、一番西のハワイ州のセンターまで電話がつながっているというのが妙におかしかった。向こうは常夏のビーチで、まさかこちらが樹海に囲まれた村で一台の公衆電話から電話しているとは思わなかっただろう。

夕方になると、宿探しより前にまず食事というのが、昨日の教訓だ。お腹が空くとイライラしてくるし、田舎では外食する人も少ないのかとっとと店がしまってしまう。途中のノルウェイ(Norway)というこのあたりでは大きな町でケンタッキー・フライドチキンを見つけて、飛び込む。後で気が付いたが、このあたりには世界の地名にちなんだ地名が多く、ノルウェイをはじめ, パリ(Paris), ポーランド(Poland), さらには北京(Beijing)という地名もあるらしい。そういうおもしろい地名を集めて、ノルウェイ○マイル、パリ○マイルと書いた標識も立っているらしいが、それどころではなく、今晩の宿の心配をしなければならない。
もうしばらく走って、もうメーン州も終わりというベッセル(Bethel)という町を通りかかったところで、街道沿いに何軒かモーテルが立ち並んでいる。もう日も暮れ真っ暗闇で、これを逃すと何もなさそうである。その町のモーテルの1軒に泊ることにした。少しさめたフライド・チキンで晩ご飯を食べた。

[続く]

データ
19時フリーポート発
21時Bethel着モーテル
走行距離78マイル

【参考】
L.L.Beanのホームページから、歴史(英語)



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