柿岡地磁気観測所と常磐線の交流電化
これまで見てきたように、地磁気の観測にあたっては、磁気を帯びているものや磁気を発生させる電気関係の器具をできるだけ遠ざけて、人間活動の影響を避ける必要がある。現代の文明は鉄と電気によって成り立っていると言ってもよいから、この両者を遠ざけるには様々な苦労が要るし、時には日常生活に制限を加える必要も出てくる。その制限の最たるものが、付近を通るJR常磐線の電化方式に関する規制である。常磐線で取手より遠くへ行くのに電車の本数が少なくて、通勤通学に不便を感じたり、取手で車内の電気が一瞬消える体験をしている人は、正確な地磁気観測のために協力していることになる。常磐線は何となく不便だなと思っていても、それが地磁気観測所のための規制によるものだと知る人はそう多くはないだろう。
この規制は法令できちんと決まっている。
- 電気設備に関する技術基準を定める省令(電気事業法に基づく)
- 第六節 電気的,磁気的障害の防止
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[地球磁気観測所等に対する障害の防止]
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第43条
直流の電線路,電車線路及び帰線は,地球磁気観測所又は地球電気観測所に対して観測上の障害を及ぼさないように施設しなければならない。
電線に電気を流すと常に磁気が発生する。磁気は「右ねじの法則」にしたがって発生するために、直流だと常に一定方向の磁場を作り出す。これが地磁気観測にとっては障害となる。そのために柿岡の地磁気観測所を中心に半径30キロメートル以内では、直流電化を採用することができないのである。電化方式にはもうひとつ交流によるものがあって、これだと周期的に電気の極が入れ替わるので磁場が互いにうち消され、地磁気観測への影響が少ない。
そこで、常磐線の取手以北は交流方式によって電化され、取手以南・東京国電区間の直流とは異なることになった。常磐線は、取手以北は電車の本数が大幅に減るが、これにはこうした電化方式の違いで両方式に対応した電車でないと直通できないと言う事情がある。取手は起点の上野から約40キロメートルに位置するが、沿線の都市化、東京への通勤圏化が進み、直通できる電車の増発が求められている。
日本の鉄道の電化は、都市近郊鉄道から始まり、モーターの構造が簡単で実用化しやすいことから直流が先行した。省電、国電という言葉があるように、東京周辺はいち早く直流で電化された。一方で、一部の峠区間をのぞいて、全国の長距離・都市間輸送を担う国鉄の路線は蒸気機関車が動力を担った。余談だが、都市近郊や私鉄の「電車」に対比して、国鉄・JRのことを「汽車」という習慣は、ここから来ている。大正時代から昭和のはじめにかけて、国鉄が「電車」になるとは人々の考えになかったと言ってよい。
戦後、大量輸送(機関車の大容量化)、スピードアップ、車両運用の効率化(電車だと自ら動力源を持つのでフレキシブルな編成が可能)、保守の簡素化などの「近代化」として、長距離鉄道幹線も電化されることになった。その際様々な理由から、関東上信越、東海道、山陽道は従来の電化方式である直流の延伸が図られ、東北、北陸、九州では新たに交流が採用された。異なる電化方式どうしが接する場所にはデッド・セクション(死電区間)と呼ばれる切り替え区間が設けられ、両方式に対応した電気機関車や電車でないと、直流区間と交流区間を跨いで行き来することが出来ない。デッド・セクションを挟むと、交直両用車両の購入費用がかさんだり、運用が制限されるので、非効率である。
関東の直流圏と東北の交流圏との境目は、栃木県の黒磯市(東北本線)、同小山市(水戸線)、茨城県の取手市(常磐線)にある。このうち、柿岡地磁気観測所の規制を受けない東北本線は、上野から約160キロメートルの黒磯にデッド・セクションが設けられ、直流電車が直通して中距離輸送を担っている。他の区間でも、東京圏の中距離電車は、上野−前橋111.2キロメートル、東京−沼津126.2キロメートルなど、100キロメートルを越えて直流電車が活躍している。ところが、常磐線は観測所に関する規制によって約40キロメートルの地点にデッド・セクションを抱えて、輸送のネックになっていることは、前に述べたとおりである。中距離電車のカバーしている範囲を考えると、本来は勝田あたりにデッド・セクションがあってもおかしくない(表1)。地図を見ると、東北の交流圏が、茨城県方面で大きく関東の直流圏に食い込んでいる様子がわかる。
表1:北関東のデッドセクションの上野からの距離比較
東北本線
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上野−黒磯
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159.7km
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東北本線
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上野−小山
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77.0km
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(水戸線:小山−小田林)
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常磐線 | 上野−取手 | 39.6km |
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常磐線 | 上野−勝田 | 123.3km | (比較参考)
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高崎線 | 上野−前橋 | 111.2km | (比較参考)(新前橋−前橋は両毛線)
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東海道本線 | 東京−沼津 | 126.2km | (比較参考)
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思えば、地磁気観測所と電車鉄道との関わり合いは因縁めいたものがある。
地磁気観測所は明治16年に東京・赤坂に開設されたが、東京市電の拡張により観測障害が生じたため
大正2年1月に現在の茨城県八郷町柿岡に移った。その当時は常磐線は非電化(蒸気)であり問題は生じないと考えられてたのだが、結局同じ問題を今日も引きずっていることになる。
常磐線について詳しく見てみたが、この柿岡への配慮はJR(国鉄)の電化だけでなく、取手と下館とを結ぶ関東鉄道がいまだ非電化であることや、秋葉原とつくばとを結ぶ常磐新線の電化方式をどうするかなど、幅広く影響を及ぼしている。
[おまけ:八郷町は関東の北海道?!]
(参考リンク)