道路元標こぼれ話その3

登山道と元標

登山道にも元標がある。登山口に置かれて、登山道の途中に建てる里程標の基準となる標石である。登山道の場合、山の危険と隣り合わせと言うことを考えると、里程標は普通の街道以上に重要なものであるかもしれない。富士山、浅間山、筑波山の登山口で見つかっている。
富士山では、山梨県富士吉田市上吉田の金鳥居の足下にかつて吉田口登山道の元標(現在はない)があり、山頂の久須志神社までの18.42キロメートルの登山道の起点となっていた。
浅間山では、麓の長野県小諸市の八幡神社に「浅間山登山元標」が現存している。大正9年に地元有志が建てたもので、山頂までの三里三十丁の登山道に三丁ごとに設けた里程標の起点となった標石である。
筑波山では、ケーブルカー頂上駅を降りてすぐのところに道路元標が設置されている。表面に「道路元標 標高八〇〇米」裏面に「昭和十年一月建之 茨城県」横面にはそれぞれ男体山及び女体山までの距離が書かれていて、登山道の起点となっている。

いずれの山も古くから名山として知られ信仰されてきたが、現在残っている元標の設置は以外と新しく、大正から昭和のはじめにかけてである。特に筑波山のものは栃木県が建てて「道路元標」と記している。大正道路法の道路元標制度の影響がもしかしたらあるのかもしれない。


新設される道路元標、創作される道路元標、復元される道路元標

道路元標の多くが実際に大正11年8月18日内務省令第20号「道路元標二関スル件」の様式に基づいて立てられていて、そこから年を数えると2002年というのは80年目に当たる。この間風雪に耐え、道路の拡張工事や町の移り変わりにもかかわらず残っている道路元標ももちろん多くあるが、一方で損壊破棄されてしまった道路元標も多い。なかには道路の拡幅で埋もれてしまったものが、後に改修時に見つかって公園や公民館に「安置」されるという地蔵様のような道路元標もある。
行政にもたまたま誰か気を留める人がいるところでは、一度なくなってしまった道路元標の後をどうにかしなくてはならないと思うらしく、新しく道路元標を作るようである。こうした新しい道路元標を「新設」「創作」「復元」と分類して紹介しようというのが今回の執筆意図である。

まず「新設」であるが、これは大正道路法施行令にはなかった道路元標を新しく設置する例である。有名な日本国道路元標も、大正道路法施行令では「東京市ニ於ケル道路元標ノ位置ハ日本橋ノ中央トス」とあって東京市道路元標はあっても日本国という大仰な道路元標はないので「新設」扱いである。同様に、「道路元標ハ各市町村ニ一箇ヲ置ク」「市町村ニ於ケル道路元標ノ位置ハ前項ニ規定スルモノヲ除クノ外府県知事之ヲ定ム」という規定に基づいて、道路元標は市町村単位であるという立場を作者は取っているので、県の道路元標を名乗る宇都宮市にある「栃木県道路元標」というのも亜種扱いしている。

このサイトをいろいろご覧頂いた方はお気づきかと思うが、作者は道路元標についてできるだけ厳密に定義しようとしている。これには自分としては理由があって、市町村単位に統一した(たとえ大正時代の国道の中心であった日本橋でさえも東京市の道路元標にすぎなかった)というのが大正時代の道路元標の最大の特徴だと思っているからだ。とりわけ、それ以前の制度としての明治時代の「里程元標・里程標」と比較において、このことは大きな違いである。
明治の「里程元標・里程標」の制度は、東京日本橋と京都三条大橋の日本国の基本となる特別な里程元標と、「府県単位の里程元標」と、県内各地点における「里程標」から成り立っていた。各府県庁所在地は東京日本橋と京都三条大橋の(里程)元標からの距離で位置が示され、県内の各地点(里程標)はその府県の(里程)元標からの距離によって位置が示されるという階層的な仕組みを取っていた。これは街道筋がある程度固定されているという前提で初めて機能するもので、実際、新道の開削が進むと里程標に記されている(里程)元標までの距離と実測値が大きく食い違ってきて、東京日本橋と京都三条大橋への距離はいちいち里程標に記さなくてもよいという通達が出されている。
これに対して、道路元標は各市町村がそれぞれ道路の基点となる元標を持ち得るのである。言い換えるならば、全国に1万2千あった市町村ひとつひとつが(道路)元標として絶対的な座標を持ち得たのが大正道路元標の制度である。そして距離を測るという目的だけでなく、道路の起終点に用いるという機能が加わり、市町村の道路元標と道路元標の間に線を引っ張って路線が出来るという発想が可能になる。つまり、明治の里程元標・里程標と大正道路元標とでは、道路と元標との発想が転換しているのである。

かような理由で、市町村の道路元標を重んじるのであるが、「日本国道路元標」とか「栃木県道路元標」とかいった道路の中心地を決めたくなる気持ちはよくわかる。道路元標についての行政制度の説明よりも、「日本国道路元標は日本の道路の中心」という言い方の方が一般受けすることも理解しているし、すでに根拠法令があやふやになってしまっている今日では道路元標の新しいあり方があってもいいように思える。ただせめて大正道路法の体系とは区別して扱いたいというのが筆者の立場であり、そこでこうした大正道路法施行令からはみ出る道路元標を新設された道路元標と呼ぶことにしている。


新設される道路元標、創作される道路元標、復元される道路元標(続き)

前回、市町村以外の「日本国道路元標」や「栃木県道路元標」を新設として扱うとした説明で、大正道路法の体系を基準に考えているということを述べた。大正道路法の体系に忠実という意味では、その形にもこだわりがある。つまり大正11年8月18日内務省令第20号「道路元標二関スル件」を法的な根拠として、高さ60センチメートル、縦横25センチメートルの石柱で、上部5センチメートルまで角を取るというおなじみの様式を道路元標本来の形とするのが作者の立場である(もっとも東京市道路元標のような例外も認められていたが)。
ところが昭和27年に道路法が新法になり道路元標についての詳細な規定が見られなくなると、道路の基点としての実質的な役割はなくなり、シンボルとして道路元標を扱うようになってくる。そうなると旧来の四角四面な形ではつまらなくなり、いきおい独自の形を取るようになる。こうした独自の様式のものに作り替えられた道路元標を、「創作された道路元標」と呼ぶことにする。
独自性の見本のような道路元標が国道1号と2号との境目の曾根崎交差点に立つ大阪市道路元標で、金ぴかの紡錘形のモニュメントが立っている。これは、測量で使う水平を切り出す錘を象ったそうであるが、それが金ぴかに輝いているのがいかにも大阪らしいと思った。和歌山市の道路元標はそれに比べて抽象的で無難な形をしていて、つまらない。仙台市道路元標もオベリスク型の無難なものである。市電の電柱形をした東京市道路元標からプレート一枚に置き換えた日本国道路元標は、時の首相佐藤栄作に揮毫を仰いだということが「日本国」という大仰な名前にふさわしいと言えばふさわしいと言え、変に飾り立てるよりもあっけないほどシンプルなのも威厳を醸し出すのに成功しているように思える。
八王子市の道路元標を再建するにあたっては、デザインを一般公募したという。どんな形になるのか楽しみである。

担当者が前例に忠実なよき役人だった場合には、高さ60センチメートル、縦横25センチメートルの石柱で、上部5センチメートルまで角を取る昔の様式のものを「復元」するようである。ただ、そこは文化財の復元とは違って、御影石を使って表面を磨いてみたり(浦和町道路元標)、コンクリートで復元したり(長野市道路元標)する。その形状といい耐久財を用いている点といい、大正11年8月18日内務省令第20号「道路元標二関スル件」の規定が戦後も遵守されているわけで、ある意味では「生きている」道路元標である。

「新設」「創作」「復元」と分類してみたが、そのどれが良いかを比較しようと言うのではない。いつの間にかなくなってしまっていた道路元標も少なくない一方で、道路元標というものがあったということを覚えていて、ないなら何とかしなくてはならないという行政側の姿勢があるだけでも良しとしなければならない。広く道路元標について関心を呼び起こすことが、昔のものがそのまま残されている道路元標の保存にもつながっていくのではないかという淡い期待を持っている。
新設される道路元標というものは、国や県の道路の中心を示したいというある意味素朴な意図−中央集権的な発想であるのだが−を反映していて趣味としておもしろいし、創作というのも(無難な形で済ませようという場合も見られるが)モチーフのおもしろさがある。八王子市の一般公募という手法も、広く一般の関心を引きつける新しい試みである。元々の道路元標が既に失われてしまっているということを考えると、「新設」や「創作」というのは新しい道路元標のあり方を示しているようで、それはそれで価値があると思う。
問題があるとすれば「復元」である。これは形が戦前に立てられた道路元標と同じ(あるいは似ている)のでうっかりしてしまうが、文化財の維持補修とは実は全く異なっている。あくまでもレプリカの制作という点を心に留めておく必要がある。考え方としては、道路元標というものがあったことを伝える記念碑に近い。「復元」した経緯などが記してあると、歴史を伝える物としてより良いと思う。


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